本当のあがり症克服方法が分かる映画「英国王のスピーチ」
ヴィゴラ~ス!
脳科学をベースにした緊張・あがり症克服の専門家 金光サリィです。
映画『英国王のスピーチ』をご存知でしょうか?
吃音・あがり症で悩むイギリスの王子が誤った克服方法に翻弄されながらも、ついに本当の克服方法に出会うまでの実話です。
この映画には、あがり症克服に関する「間違い」と「正解」の両方が描かれています。
あがり症克服の専門家として観ながら、「いやいや、それは違う!」「そう、そう、それ!」と声を荒げてしまいました。
今回は、この映画を通して、本当の克服方法をお伝えしたいと思います。
目次
生まれつき吃音・あがり症の人はいない
どういった流れで治療・訓練していったかを順を追って話していきますね。
まず医者による治療の場面から始まります。そこでは次のような、全く効果のない克服方法が次々と試されます。
- 深く息を吸い込む→喉が楽になるから➡楽にならない
- タバコを吸う→神経が落ち着き自信を与えてくれるから➡与えてくれない
- ビー玉を口に入れて音読→古代ギリシャで効果があったから➡いやいやシンプルに危ない
「ダメだ、こりゃ」と見かねた王子の妻エリザベスは、言語聴覚士のライオネル・ローグに相談することを決意します。
ローグの方針は、それまでの医者とは全く異なっていました。
「対等な立場が必要」という信念から、例外なく自分の診療所での治療を求め、王子本人だけを診察室に招き入れます。
そして、お互いをファーストネームで呼び合うことを提案しました。自分を「ライオネル」、王子を「バーティ」と呼ぶという提案です。
この「対等」という意識は、非常に重要です。なぜなら、先生が上でクライアントが下というような無意識の構図ができてしまうと、クライアントは先生に依存してしまい、かえって心の弱さを引き出してしまうからです。
あがり症は誰かに「治してもらう」ものではありません。自分の力で克服した!という実感を持つことが、本当の克服には絶対に必要なのです。
ローグは最初の診察で、こんな会話を交わしています。
「吃音はいつから?」
『ずっとこうだ』
「違う。生まれつき吃音の子はいない」
『4~5才と聞かされている』
「考える時、独り言のときもそうか?」
『いいえ』
「生来の障害ではない証拠だ」
このような会話で王子の吃音の原因を探っていたローグは、大音量の音楽が流れるヘッドホンを王子に装着させ、シェイクスピアを朗読させます。
途中でかんしゃくを起こして帰ろうとする王子に、ローグは王子の声を録音したレコードを手渡しました。
吃音になった原因は父親?
その後、王子が父親からスピーチのアドバイスを受けているシーンがあります。父親の言葉はこうでした。
「背筋を伸ばして臆せず堂々とマイクに向かえ!」
「英国紳士らしく、威厳を持って!」
「リラックス!読むんだ!読め!」
この場面は、父親の言動が吃音を悪化させていった典型的な例を示しています。
吃音やあがり症は過去のネガティブな経験から、「人前が怖い」「人前で話すのが怖い」と脳に記憶されてしまったことが原因です。
父親の威圧的な態度に恐怖を感じ、息が詰まりそうになる王子。その上に、「リラックス」と言いながら「読め!」と圧をかけてくる。
「リラックスする」という抑制的な指示と、「読め!」という促進的な命令が同時に与えられる状態。
心理学では、このように相反する2つのメッセージを同時に伝えられることをダブルバインド(二重拘束)と呼びます。
このダブルバインドを受けると、人は身動きが取れなくなり、頭が真っ白になってフリーズしてしまいます。
小説を震えずに読めた2つの理由
その後、王子はローグから受け取ったレコードを再生してみました。そこから流れてきたのは、なんと滑らかに小説を読み上げる自分の声だったのです。
衝撃を受けた王子夫妻は、再びローグを訪ね、改めて治療を依頼することを決意します。
なぜ、大音量の音楽が流れるヘッドホンをつけた時に、王子は滑らかに話せたのでしょうか。その理由には2つの要因があります。
1)リラックスを目指さなかった
1つ目は、「リラックスではなく、音に負けないようにエネルギーを出そうとしたこと」です。
それまで王子は、長年の医者や父親からのアドバイスに従い、「人前でドキドキするのを抑えなければ」という意識で、常に「リラックス」や「落ち着き」を目指していたのでしょう。
あなたもインターネットで「あがり症 リラックスする方法」「落ち着く方法」などと検索していませんか?
これは実は、間違った考えなのです。残念なことに、多くの講師やトレーナーもこの点を誤解しています。
人が何かのパフォーマンスをしようとする時、脳は自然と「今がんばるときだ!」というシグナルを送ります。
そして、体中にエネルギー(血液)を行き渡らせようとするのです。そのため心臓の鼓動が速くなります。
このとき「リラックスしなくては」「落ち着かなくては」と、エネルギーを抑え込もうと蓋をすると、かえって逆効果です。
行き場を失ったエネルギーが体にたまり、余計に手足の震えなどの症状を引き起こしてしまいます。
王子は、音楽に負けないように声を出すことで、自然とエネルギーを発散できました。
エネルギーは閉じ込めるのではなく、出していくことが大切なのです。
2)セルフモニタリング機能が使えなかった
2つ目の理由は、セルフモニタリング機能が使えなかったことです。
人には自分の状態を観察するモニタリング機能が備わっています。
あがり症の人は、少しでも声が震えたら、「あ!今声が震えた。緊張しているんだ」と、自分の状態を過度にモニタリングしてしまい、より深みにはまってしまいます。
悩んでいる人なら、この経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。
王子は大音量の音楽で自分の声が聞こえなかったため、このセルフモニタリングから解放され、自分の「出来」を気にせず話すことが出来たのです。
本番で失敗するのは当然の結果
ローグのもとに戻った王子は、次のような練習を始めます。
- 口の筋肉をリラックスさせる練習
- 呼吸法と発音の訓練
この展開を見て、私はとてもがっかりしました。これらの練習は、本質的な問題の解決にはつながらないからです。
その後、王子はローグとの会話の中で、幼少期の辛い思い出を話す場面がありました。
左利きを右利きに無理やり矯正されたこと、X脚の矯正での苦労、乳母から3年間も虐待を受けていたこと。
王子が言いたがらなかったのかもしれませんが、こういったことは初めのヒアリングの時にさらっと聞いて、流していく方が賢明ですね。
私なら「そんな経験があったのですね」と受け止めた後は、「もう今からは関係ないよ!」と過去ではなく未来の自分を意識できる様に誘導します。
その後、王子は、ジョージ6世として即位することになりますが、王位継承評議会の宣誓でも失敗してしまいます。
次に控える戴冠式の書類を見ながら、「私は失敗する」「私は王じゃない。王じゃない」と涙ながらに妻に言います。
※戴冠式とは、国王に即位の後、公式に王冠を聖職者等から受け、王位への就任を宣明する儀式です。
この場面を見ると、本当に胸が痛みます。
口の筋肉のリラックスさせる練習や、呼吸、発音の訓練をいくら重ねても、「失敗する」という本番への不安や「私は王ではない」という否定的なセルフイメージを変えることはできません。
にもかかわらず、こういった訓練を続けることで次第にメンタルが強くなると信じている指導者がとても多いです。
脳は私たちがイメージしたとおりに働こうとします。「本番でこうなるはずだ」「自分はこういう人間だ」というイメージに従って行動するのです。
この時の王子のイメージでは失敗しか待ち受けていません。
だからこそ、私のメンタルトレーニングでは、この2つの重要なポイント—本番へのイメージとセルフイメージの改善—に焦点を当てているのです。
イメージ改善こそが克服の秘訣
戴冠式の準備が進む中、思わぬ展開が起きます。
ローグに医師資格がないことを知った王が、激しい怒りとともに問い詰めたのです。
そのとき、ローグは意外な行動に出ます。戴冠用の王座に、ドスンと腰を下ろしたのです。
「その椅子は王の椅子だ!」「座るな!」
王が叫ぶも、ローグは挑発するように座り続けます。そして、ついに王は思わず叫びました。
「私には王たる声がある!(私の言うことは王の言葉だぞ)」
この瞬間こそが転換点でした。
ローグはその言葉に深くうなずき、「あなたは立派な王になる」と力強く語りかけます。
そして「たった4回答えるだけで、あなたは王になれるのです」と、戴冠式の本番がいかに簡単なものかを王に気付かせていきます。
※戴冠式では4回の宣誓が必要です
ついに、本当に効果的なトレーニングが始まりました!この2つのイメージが改善されたら、本番は成功できます。
- 「私は王だ!」という強いセルフイメージ
- 「4回答えるだけで簡単に王になれる」という前向きな本番イメージ
その後、第二次世界大戦が始まり、王様は国民に向けて緊急のラジオ放送を行うことになります。
そして見事に、9分間のスピーチを成功させました。
二人は生涯、良い友であったようです。
映画「英国王のスピーチ」のふりかえり
途中でローグが口の筋肉のリラックスや呼吸法、発音の訓練を始めた時には、思わず「ローグ、お前もか」と言ってしまいました。
しかし幸運なことに、その後の展開で本番イメージとセルフイメージをポジティブなものに変えることができ、王様は見事に成功を収めることができました。
映画の中で興味深い場面がありました。王子が思わず感情的になって汚い言葉を使うとき、全くどもらないのです。なぜでしょう?
それはその時、彼は「口の筋肉をリラックスさせよう」とか「呼吸や発声の仕方」など、まったく意識していないからです。いかにそれらの訓練が無駄なものかが、よく分かると思います。
最初から本番イメージとセルフイメージの改善だけに注力していれば、王子はあれほどの苦悩を経験せずに済んだのにと思ってしまいました。
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